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長崎県立長崎図書館 >来館者芳名録 > 来館者芳名録[昭和中期]

●長崎県立長崎図書館 『芳名録』の主な記帳者(昭和11年~20年の30人)

来館日
氏名 記帳事項
(氏名以外に記帳された文章など)
備考
(職名など本館調査によるもの)
年号 西暦
昭和11年 1936年2月1日 小泉 信三 経済学者 慶應義塾長 東宮御教育常時参与
  1936年2月3日 森 治樹 資生堂社長
昭和12年 1937年5月27日 天羽 英二 外交官 特命全権大使 外務次官
1937年9月22日 吉屋 信子 「主婦の友」特派員として 上海におもむく途上 思い出なつかしき長崎図書館にて 作家
  1937年12月24日 大谷 光照 浄土真宗本願寺派第23世宗主 昭和天皇の従兄弟
昭和13年 1938年5月5日 谷口 雅春 生長の家 生長の家創始者
  1938年7月26日 芦田 均 政治家 47代首相
  1938年7月30日 牧野 富太郎 植物学者
  1938年8月17日 小早川 清 長崎港のドローイングあり 版画家 浮世絵師
昭和14年 1939年1月17日 羽仁 説子 教育評論家、社会運動家。 歴史学者羽仁五郎の妻
昭和15年 1940年2月26日 斉藤 劉 元予備役少将 2.26事件に関与 歌人史の父
  1940年3月 Robert Hans van Gulik 和蘭国 高羅佩 =高羅佩 オランダ外交官 推理小説家
  1940年3月23日 藤沢 衛彦 有栖川宮記念学術奨励資金ニヨル「伝説童話採集調査」ノ業途 明治大学教授 日本児童文学者協会長
  1940年8月14日 稲垣 次郎 神戸高等商船学校 練習船 進徳丸船長 初代海上保安学校長
  1940年9月17日 八木 秀次 大阪帝国大学 大阪帝国大学総長 八木アンテナの発明
昭和16年 1941年1月25日 河原崎 長十郎 シーボルト先生をしのびつつ 前進座一同 4代目 前進座 のち共産党員 文化大革命支持
  1941年1月25日 中村 翫右衛門 3代目 前進座 のち共産党員 S27~40中国へ亡命
  1941年1月25日 河原崎 國太郎 5代目 前進座
  1941年4月16日 和歌森 太郎 東京文理科大学 国史学研究室 歴史学・民俗学者 都留文科大学学長
  1941年5月8日 正力 松太郎 警察官僚 読売新聞中興 初代科技庁長官 プロ野球の父
  1941年6月1日 中山 正善 天理教真柱(2代目)
  1941年8月22日 渡 正監 上海共同疎開警視総監 蝶類収集家
  1941年9月8日 今中 次麿 政治学者 佐賀大学・北九州大学学長
  1941年10月1日 長谷川 国雄 三度 長崎に来て 増田館長と共に諏訪社頭に詣づるの奇縁を記念して 自由国民社社長
  1941年11月8日 風木 雲太郎 詩人
昭和17年 1942年12月2日 谷川 徹三 哲学者 法政大学総長 谷川俊太郎の父
1942年12月2日 横光 利一 作家 新感覚派
昭和18年 1943年2月23日 丹羽 文雄 作家 日本文芸家協会理事長
  1943年8月17日 松田 皜一 慶応義塾 長崎自動車会長 長崎商工会議所会頭
昭和19年 1944年5月24日 馬場 義続 検事 最高検公安部長 検事総長